大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2724号 判決 1970年6月29日

控訴人 村松文市

被控訴人 キクこと 堀きく

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 菊地一二

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人らは各自控訴人に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和四一年一二月一四日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は一、二審を通じて被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を決めた。

二、控訴人は、請求原因事実として次のとおり述べた。

1、別紙目録記載の土地(以下本件土地と略称する)は、控訴人の所有するところであるが、控訴人は昭和二二年四月二〇日の飯田市大火災の後間もなく、映画劇場建設の目的で、これを亡堀保麿に賃貸し、保麿は右地上に常盤劇場を建設し営業していたが、昭和三八年九月二八日死亡し、配偶者、被控訴人堀きく、養女、堀貞子、長男、亡堀悟郎の子秀麿において、保麿の右賃借権を相続し、右使用を続けている。

2、昭和三八年当時右賃貸借の賃料は、一ヶ月金二万円であり、それは本件土地の現状、比隣地の賃料等に照し著しく低額であったので、控訴人はその頃被控訴人らに右賃料値上げの交渉をしたが同人らは応じなかった。そこで控訴人は昭和三九年三月三〇日被控訴人らに対し、同年四月分以降右賃料を一ヶ月金一五万円に値上げする旨意思表示をした。賃借人堀秀麿に対しては、同人は未成年であり、被控訴人貞子がその親権者母法定代理人であるので、右貞子に対する右意思表示によって右増額請求がなされたものである。

右賃料一ヶ月金一五万円の根拠は、昭和三九年四月当時の本件土地の時価金九、八一五万円(坪当り金五〇万円)より、地価の七割の借地権価格を控除し、これに年六分の利率を乗じ、これを一二ヶ月で除すると一ヶ月金一四万七二二五円となるのである。

3、以上のとおり右賃料は、昭和三九年四月一日より一ヶ月金一五万円となったのであるが、被控訴人らは一ヶ月金四万円のみを弁済供託しその余を支払はない。よって、昭和三九年四月分より昭和四〇年九月分までの一ヶ月金一一万円づつの不足賃料及び同年一〇月分の不足賃料のうち金二万円計二〇〇万円とこれに対する被控訴人らへの本件訴状送達の翌日である昭和四一年一二月一四日から完済にいたるまで民法所定の年五分による遅延損害金の支払を求める。

被控訴代理人は次のとおり述べた。

1、請求原因1、の事実はすべて認める。同2、の事実中昭和三八年当時本件土地の賃料が一ヶ月金二万円であったこと、賃料値上げの交渉のあったこと、控訴人主張の日に、被控訴人らに対し控訴人主張のごとき意思表示がなされたこと、堀秀麿が未成年者であること、被控訴人堀貞子がその親権者母であることはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。請求原因3の事実中被控訴人らが控訴人に、控訴人主張のとおりの供託をしていることは認める。

2、借地法第一二条は、既定の賃料がその後の経済事情の変動により不合理になった場合にこれを合理的に調整することを目的とした規定である。したがって、増額は、従前の地代に賃借土地の価格上昇率を乗じた額になるべきである。そして本件土地の賃料が一ヶ月金二万円となったのは昭和三五年であり、右増額請求のなされたのは昭和三九年であり、その間の毎年の地価上昇率は平均九、七パーセントである。したがって、右増額請求時の相当な賃料は一ヶ月金二万五〇〇〇円となる({20,000円+(20,000円×9.7/100×4)})。

三、控訴人は二2の事実を否認し、右二万円の賃料は昭和二九年に定められたものであると述べた。

四、証拠関係≪省略≫

理由

一、控訴人が本件土地を所有し、昭和二二年四月頃より、映画劇場建設のため、亡堀保麿に賃貸したこと、保麿は右地上に常盤劇場を建設し、営業していたが、昭和三八年九月二八日死亡し、その配偶者被控訴人きく、養女同貞子、長男亡堀悟郎の子秀麿の三名が右賃借権を相続し、共同して本件土地を映画劇場用に使用していること、昭和三八年当時右賃料は一ヶ金二万円であったところ、控訴人は同三九年三月三〇日被控訴人ら両名に対し、同年四月分以降の右賃料を一ヶ月金一五万円に値上げする旨意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、右増額請求が、秀麿に対してもなされたか否か、それに伴い右増額請求の効力につき争いがあるが、前述のごとく被控訴人らと秀麿は本件賃借権の共同相続人であり、共同して本件土地を用益しているので、本件賃料債務は不可分債務と解せられる。したがって被控訴人らのみに対して増額請求をし、同人らのみに増額賃料全額の請求をなすことも控訴人の任意になしうるところであるから、秀麿に対する右請求があったか否かを問うまでもなく、被控訴人らに対する右請求は同人らに対しその効力を生ずると解せられる。

三、そこで、右増額請求が正当であるか否かを判断する。

原審における鑑定人兼証人石原尚人の鑑定の結果及び証言は、昭和三九年の本件土地の賃料は一ヶ月金七万七、一二二円(円以下切捨)を適正とすると述べる。右評価の根拠は、昭和四一年における本件土地の取引価格を見積り、これより借地権価格としてその六〇パーセントの金額を控除し、四〇パーセントを底地価格と見、それに期待利廻り年五分を乗じ、さらに固定資産税、都市計画税、管理費等を加え、昭和四一年における本件土地の年間地代を算出し、昭和四一年と昭和三九年の米価や都市土地指数の比率を勘案して昭和三九年における正当な賃料としたものであること、なお右評価方法によると、昭和三八年の本件土地の賃料は一ヶ月金六万八、二九五円を相当とすることが、右鑑定の結果並びに右証言により明らかである。

ところで、借地法第一二条は、賃料が、公租公課の増減、地価の昂低、近隣の賃料との不均衡を生じたときには、賃貸人、賃借人に賃料の増減額請求権を与え、争いのあるときには、裁判所がその適正な賃料を判断して、請求の正当か否かを判断すべき旨を定めている。右適当な賃料の判断に当っては、前述のごとき土地の時価と利廻りにより評価した賃料額を、重要な一資料として参酌すべきであることはいうまでもないが、既定の賃料額にはそれぞれ固有の経緯があるのみならず、借地法第一二条の増減額請求権は、主として既定の賃料の過去における適否を問題とするのではなく、既定の賃料を前提に、その後の公租、公課、地価等の昂低という事情の変動によって既定の賃料を修正するために与えられているものであるから、既定の賃料を前提とし、その後の各要素の騰貴率を勘案する方法による評価も重視されるべきであり、単純に前述のごとき請求時の地価と利廻りによる評価のみによるべきではない。したがって右鑑定の結果を採って直に適正な賃料とは断定できない。

また、当審における鑑定人楯一司の鑑定の結果によれば、同鑑定人のいう地価方式によると、本件土地の賃料は一ヶ月金八万五、三七二円、米価方式によると同金一〇万七、九〇〇円、折衷すると同金九万六、五三六円となる。しかし、右鑑定の結果(鑑定書二枚目うら)によれば、米価方式の算出に当って、昭和二二年当時の本件賃料を一ヶ月金二万円とし、これに昭和二二年と同三九年との米価の比率一対五、九三を勘案して同三九年の賃料を評価したものであることが明らかであるところ、右一ヶ月金二万円の賃料というのは、後述のとおり昭和二二年に定められた賃料ではなく、昭和二九年に定められそれから昭和三八年まで続いたものであるので、昭和二二年と同三九年の米価の比率によって同三九年の賃料を算出している点において相当な評価とはいえず、また右地価方式は前述の鑑定人石原の鑑定と同様な欠点を有する。したがって、右鑑定の結果は、これを本件増額請求における適正な賃料額の判断の一資料とすべきではあるとしても、これを採って直に適正な賃料額とはいえない。

そこで進んで適正な賃料額を判断する。

(イ)  ≪証拠省略≫によると、本件賃料は賃貸借の当初一ヶ月金一万円であったが、昭和二九年頃二万円と定められたこと、その頃右賃料は、本件賃貸借が映画館の敷地として本件土地を使用することを目的としていたため、近隣の土地に比し、非常に高い賃料であったこと、その後控訴人は右賃料を値上げしたい意向をもち、一方亡堀保麿は、映画館営業の不振もあり、むしろ近隣なみに値下げをしてもらうことを望み、結局同人の死亡した昭和三八年九月にいたるまで右賃料が据置かれたこと、その死後控訴人より被控訴人らに右賃料を一ヶ月金一五万円に値上げしたい旨の要求があったこと(この点争いない)、被控訴人らは、保麿の死後、常盤劇場を他に賃貸するようになり、その賃料は毎月の右営業の収益に応じて支払われることと定められており、その賃料からみて支払可能な最高限である一ヶ月金四万円までの増額は止むをえないが、これを超える増額には応じられないとして右要求を拒絶したこと等が認められること。

(ロ)  ≪証拠省略≫を総合すると、本件土地の近隣で多くの土地を賃貸している訴外協同合資会社の各賃料はきわめて低廉であること(たとえば昭和四一年で、一ヶ月坪金約四五円とか約七五円、なお本件賃料一ヶ月金二万円では坪約一〇〇円、金四万円では約二〇〇円となる)、しかも右賃料は主として「坪一斗」というように政府買入れ米価を基準に定められ、したがって米価の値上げに応じて増額されることとなっており、右合資会社の賃料は本件土地周辺の賃料額の定めに大きな影響を与えていること等が認められる。≪証拠判断省略≫

(ハ)  前記鑑定人楯一司の鑑定の結果中の、米価方式により、昭和二九年の一ヶ月金二万円の賃料を、昭和二九年と昭和三九年との米価の比率(約一、四五倍)に応じて算出すると金二万九、〇〇〇円となる。

(ニ)  本件土地の時価を基準にし、利廻りを勘案して賃料を評価すると、それぞれ、前記各鑑定のいわゆる地価方式の額が算出されること。

以上(イ)乃至(ニ)の各事実を総合して判断すると、本件増額請求の昭和三九年三月末においては、従前の一ヶ月金二万円の賃料を、二倍の金四万円にすることをもって正当とする。

よって、本件増額請求は一ヶ月金四万円の範囲でその効力を生じ、これを超える範囲は無効であり、本件賃料は昭和三九年四月分から一ヶ月金四万円となったものである。

四、以上のとおりであるから、一ヶ月金四万円を超える賃料債務のあることを前提とする控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は失当であることが明らかであり、これを棄却すべきである。よって、理由は異なるが、これと結論を同じくする原判決は相当であるから、本件控訴を棄却し、訴訟費用につき、民事訴訟法第九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒木大任 裁判官 長利正己 田尾桃二)

<以下省略>

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